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パリのお葬式に参列して日本との違いを感じた日


昨年の大晦日の夜、お世話になっていたフランス人アーティストがお亡くなりになりました。


入院をしていたことは知っていましたがまさかこんなに急にお別れになるとは思っていなく、元旦に知らせを聞いて本当に吃驚しました。

お酒とタバコが原因の癌だったそうです。


私が2014年に初めてパリで暮らし始めた頃に知り合ってからずっとお世話になっていました。


彼の自宅兼ギャラリーで1月3〜5日、3日間のお祈りがありました。

7日にPagode Dhammabhiron(パゴダ)で午前中に最後のお祈りをし、その後参列者のみなさんとお昼ご飯を頂きました。

奥様がタイ人なので、奥様のご両親がタイ料理を振舞ってくれました。


最後のお別れは10日にPère Lachaise(ペール・ラシェーズ墓地)で行われました。


日本では喪服を着用したり、色々と決まりごとが多い気がしますがこちらはとてもカジュアルでした。


お葬式のお知らせメッセージに「Dresse code : touche de blanc」とドレスコードが記載されていました。どこか一箇所に白を身につけて下さいね、という意味ですが、私のワードローブはほぼ黒。


何か白い小物を買った方がいいかな、、と思いましたが日本式に全身真っ黒で伺いました。

私の心配とは裏腹に参列者の方々はほぼ普段着。

日本のように黒い服を着用している方はいなくて、毛皮のコートやカラースーツなど様々。

ドレスコードを守っている方は奥さんと親族のお子さんくらいで数人でした。


こういった規則などは、こちらではあってないようなものなんだなあと改めて実感しました。



帰り道に、故人のことを想いつつ私が中学生の頃に規則に関して理不尽な思いをした記憶が蘇りました。


私の通っていた中学校には制服があり「靴下とスニーカーは白」と決まっていました。

新しく白い靴下とスニーカーを購入し、入学式に行った早々先生から呼び出し。


理由は、ナイキの白スニーカーを購入したのですがナイキのマークに色がついていたため。

真っ白でないとダメと言われました。

本当に意味がわかりませんでした。


ナイキのマークはそこまで大きいわけではなくさり気なく付いていましたが、真っ白でなければいけないの一点張り。


日本のこのような「周りと同じでないとダメ」、「個性があってはダメ」みたいな校則が日本人の国民性を作っているのかなとも感じました。


私は今パリに住んでいますが、日本にいる時よりも居心地が良いと感じるのはフランスの自由な風潮が自分には合っているのだと思います。



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